shinzeiの晴耕雨読日誌(2474)「何だ今のすべてをやめればいいのか」
『明るい不登校 創造性は「学校」外でひらく 奥地圭子 NHK出版新書593 2019年8月10日』
みなさんおはようございますshinzeiです
神戸の須磨でとんでもない教育関連の事件が発覚しました。みなさんもご存知でしょうが、バカでスカの教員四人が、20代の新米教員をいじめたという事件です。はっきり言ってこのバカどもには「懲戒免職だけじゃ飽き足らないから腹を掻っ捌いて死んでしまえ!!」と言いたくなります。もはやこの国の公教育は末期ガンどころか終末期の段階でしょう。
あのホリエモンこと堀江貴文氏も、なんかの動画で日本の教育については「がらがらぽんしかない」と実質さじを投げています。あの少しの可能性でも建設的な変革を求める堀江氏が、です。鯛は頭から腐ると言いますが、その頭というべき教育が腐り果てているのが日本の教育の現実です。
一方で学校がダメな分そのオルタナティブが日本でもわずかながら発達を遂げています。それはフリースクールである「東京シューレ」の試みです。この学校は1980年代に始まった登校拒否(現在の不登校)の子供を持つ親の会から奥地氏が初め(彼女自身、お子さんが不登校になっていたと言います)1985年に未認可のフリースクールとして「東京シューレ」を始めました。
今ではこの活動は実質軌道に乗り、通信制高校と提携したり、文科省の方針でフリースクールの出席日数を認可するなど、事態は動き出しています。
では、そのフリースクールたる東京シューレはどんな教育をしているか?といえば、子供の自主性に任せ、投稿時間ですら自由ということです。頭の古い連中は「子供は規則で鍛えなくてはならない。そんな教育でいいのか?」という声が上がりそうですが、こうすることで“普通”(もはや世界レベルでは普通ではないのですが・・・)の学校では到底育たないような人材が育っています。
奥地氏自身「規則や時間で縛れば不登校の生徒が出て当たり前だ」とおっしゃっています。私もこの腐りきった日本の教育制度の経験者として同じ意見を吐露したいと思います。それもそのはずで、東京シューレを巣立った人たちは、まあ成功者だけをピックアップしたのでしょうが、この本では少なくとも創造的かつ普通の学校を出たのではなれないような職種についています。
また、奥地氏の上記の言葉は、私に「なんだ今の学校を否定すればいいのか」と思わせました。それもそうでしょう、規則づくめならまだしもそれは時代はずれのクソ校則ですし、こうした学校という閉鎖空間ではいじめや恋愛ごっこを娯楽にするしかありません(現に悔しいでしょうがある韓国人が「日本人はいじめが最大の娯楽だ」と笑いながら詰っています)それを全てやめて東京シューレのような生徒の自主性に任せるようにすれば、日本の教育問題は全てとは行かないまでも大部分は解決する、と私は確信しました。
とにかく教員が馬鹿げたいじめをしているようでは日本の将来はないでしょうね・・・。
では、shinzeiでした

